繭の記憶

あるマゾにまつわる物語。

discipline #22 被虐性

保育園の頃、誰かが棚に落書きをして先生が怒っていた。もちろん私ではない。でも、先生はクラス全員に対してずっと怒っているし、犯人は出てこない。何故か私は「自分がした」と申し出た。(きっと私がそんなタイプではないことは分かっていたんだろう)保育園の先生は驚いていた。園長先生も出てきて、親も呼び出されて、本当にしたのか何度も確かめられた。それでも、私だと言い続けたらみんなから怒られた。悪いことをしたらこんなに構ってもらえるのかと、その時知った。

小学生の頃は「いじめられっ子」というキャラに徹した。不幸の手紙を入れられた時の興奮は忘れられない。「まゆ、死ね」と書かれたその紙切れを担任に持っていった時のあのドキドキ。担任が私の家に来て親に事情を説明する。親が私のことを心配する。その日だけは暴力はなく、抱きしめてくれる。誰かが私に対して「死ね」という感情を抱いていることも嬉しかったし、それよりも不幸の手紙をもらったら、こんなに構ってもらえるのかと知った。

中学生になって、初めてSMという言葉を知った。緊縛を知った。ネットで虐めてくれる人を探して、やっとそれで自分の被虐性が日常に漏れることがなくなった。学校生活で被虐性を満たさなくても良くなり、友達と対等に接することができるようになった。友達がいる、という喜びを知れた。親からの暴力や暴言はこの頃一番酷かったけれど、その痛みはネットの先にいる妄想上のご主人様からのものだと考えるようにした。ご主人様は私の家庭環境をとても心配してくれたし、試験でいい点数を取ればきちんと褒めてくれた。私が主従を強く求めるのはこの安心感をまだ鮮明に覚えているからなんだろう。

高校生になってもネットのご主人様との関係は続いてた。週に数回、数時間だけの1人きりになれる夕方の時間。妄想で縛られて、痛めつけられて、甘えて、話をする。バーチャルの世界だけど、それがその当時の私の唯一の生き甲斐だった。学校にも家庭にも、私の居場所は無かった。(今考えれば、その “ご主人様” は本当にいい人だったと思う)

大学は遠方に通学することになった。片道2時間半以上かかっても下宿することは許されなかったけれど、この通学時間のおかげで自分の自由な時間が取れた。必死にシラバスを見て、週に一度は大学に行かなくて良いカリキュラムを組んだ。妄想ではないリアルの世界で痛めつけられたいという欲求が、もうどうにも抑えきれなかったから。親の目を盗んで時間を作った。そして、初めての主と出会った。

縄、バイブ、ローター、首輪、スパンキング、(半ばレイプのような)セックス。19歳の秋のある日に私はこの全てを一気に経験した。ホテルから出てきた後、「ほら、世界はそんなに変わってないでしょ?」と聞かれて、その通りだと思った。むしろ、やっとこの世界で生きていると感じられた。

 

でも、そこからずっとずっと被虐性は増大していく。もっともっと痛めつけられたい、という感情が常に私の心を支配していた。そして、主がその被虐性をコントロールすることができなくなると必ず関係は切れる。そんなことが何度もあった。私の求める被虐性を囲いきれない人から、お前は病気だ、と言われたこともあった。SMを卒業しろ、という人もいた。セックスに依存したり、ノーマルの彼氏を作ったりしたこともあったけど、あれは私に取っては自傷行為だったのだと今になって思う。

そしてそんなことを繰り返して、2 年前に完全に野良になった。リアルで経験してから明確なパートナーや主と呼べる人が居ないのは初めてだった。そして何年かぶりに自分の被虐性の全てを自分で抑えつける作業をして、ここまで大きくなっていたのか、と気付かされた。この獣のような被虐性を持って、それなのに他者をコントロールしてしまうような性格まで備えてしまった私を支配してくれる人(できる人)はもういないのかも知れないと思った。ほとんど絶望だった。

 

そんな時に、主と出会った。初めて自分が限界を超えた縄だった、鞭だった。やめて、と本気で逃げても許してもらえない。私が泣き叫ぶほどに主はゲラゲラと笑い、おもちゃを与えられた子供のように面白がっている。自分の被虐性は彼の前ではただのおもちゃで、どれほど被虐性を広げても彼には敵わない、その安心感は人生で初めての心地よさだ。

もうすぐ出会って一年。私の縄や鞭への耐性は出会った頃よりも確実に強くなっている。それでもなお、彼の加虐にひどく怯え、畏敬の念を抱き続けられることを本当に幸せに思う。こんなことは畏れ多くてなかなか言えないけれど、彼に出会って私が被虐性を広げていったように、彼の縄もまた、私の被虐性に導かれて厳しいものになっている気もする(偉そうかな)。

いや、彼の加虐癖もまた、底なし沼のように深いのだろう。お互いの性癖がこのプレイスタイルを構築していることは間違いない。限界まで痛めつけ、痛めつけられた先に何があるのか、怖くともその未来を見てみたいと思う。

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